プロのフィッターに聞く ビギナーにこそメリットがあるバイクフィッテイング
「フィッティング」という言葉を聞いたことがある方も多いでしょう。自分の体の一部のようにロードバイクを扱うためには、乗り手にフィットしていなければなりません。ジョギングをするにも足にフィットしたシューズを選ぶのと同じことです。では、フィッティングとはどのようなものなのでしょうか。今回はプロフィッターとして活躍している佐藤修平さんにお話を伺いました。
佐藤さんは前職をスペシャライズドジャパンに籍を置き、アメリカ発のフィッティングシステム「RETUL FIT(リトゥールフィット」のフィッター養成講師を務めていました。リトゥールを導入する店舗スタッフに教える立場ですので、システムを日本一熟知していると言っても過言ではありません。現在もリトゥールを用いたフィッティングを実施しており、国内のプロ選手も佐藤さんを頼ってポジションを煮詰めているとのこと。
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−−早速ですが、ズバリお聞きします。フィッテングって何をどんな目的で行うものなのでしょうか?
端的にいうと私のフィッティングのアプローチは、ライダーが本来の可動域を使えるよう、自転車を調整するものです。サイクリングは機材と触れ合う時間がとても長いスポーツですし、同じ動きの反復です。自転車のアライメントが出ていないと快適に走れないだけでなく、怪我の原因にもなりかねません。無理やり自転車に乗らされている状態から脱することを目的としています。
−−雑誌などでもフィッティングのハウツーがよく載っていますが、自分で調整できるものなのでしょうか。プロのフィッティングと独学のそれとは何が異なるのでしょうか?
もちろん、メソッド本や雑誌に則って独学で実施するのも間違いではありません。一方で、プロのフィッターが行うフィッティングは客観的に、動的な環境で、選択肢を受け手へ提供できます。もしリトゥールのようなシステムをフィッターが使うのであればデジタルによる精度の高い定量評価もできますね。
経験や乗り込む時間が長い人ほど“なんとなく良いポジション”が出ている傾向があります。恐らく長く乗るなかでの違和感の修正や成功体験から自然にポジションが整ってくるのでしょう。しかし、一般に仕事をしている方で月に何千km、何十時間も乗ることはなかなか難しいですよね。そこでプロのフィッターであれば、正しいポジションの近道へ導くことが可能です。お金はかかりますが、時間は前者よりはかかりません。楽器やスノースポーツってプロの指導者から習うことが大半ですよね。フィッティングも同じ感覚だと思います。時間を買うことがプロを頼るメリットだと思います。
−−プロのロードレース選手もプロのフィッターを頼るのですか?
特にプロ選手が私を訪ねてくることが多くなっています。お話ししたように、練習時間が長いプロ選手のポジションは、たとえ独学であろうと本筋から大きく逸脱していることはありません。しかも、身体のセンサーが鋭いので“乗れている”と“乗れていない”は感覚で分かります。しかし、フィジカルが狂った際にプロ選手も沼にハマることもあります。例えば大怪我をして長い期間乗れなかったり、体のバランスが狂ったりしたときです。自分が持つ感覚を信じてポジションを出してみたものの、どうもしっくりこない、という事例は多くあります。そこで私はその人のニュートラルな状態をフィッティングで導き出します。
そこから先は選手自身がトレーニングによって身体を補強、補正していくこともあれば、器具(シューズシムなど)を使うこともあります。身体が動きをコントロールできるようになれば、器具は外すことも勧めます。感覚的なことですが、一見すると余計な動きが時間あたりの出力を増してくれることもあります。また、トレーニングはコーチやトレーナーの領域なので、フィッターは専門外であるというのが基本的な認識です
最近、チームマトリックスパワータグに所属する小森亮平選手のフィッティングを行いましたが、結果としてはほぼ調整することはありませんでした。しかし、彼とディスカッションをしながら、フィッターから見た観察評価を交え、「この場合はこうですか?」、「あぁそうですね」、「それは違うかも」などコミュニケーションを取りつつ、彼の考えとポジションを僕の観察・評価を使って、答え合わせができたことは彼にとって大きな収穫といえます。客観的なプロの視点から見て問題ないことが分かったので、今後も安心して競技に取り組むことができるわけです。
小森選手の場合は米国でフィッティングを受けた経験があり、現在も自身で解剖学を学んでいます。そういう方でさえ客観的なフィッティングの助けを求めているのです。ライダー自身が自分へ”適切な”フィッティングを施すことは出来ないと言い換えられるかもしれません。そして、一般のサイクリストもプロ選手も悩みを言語化できない人は結構多いものです。それをコミュニケーションの中から汲み取り、フィッティングとして翻訳作業を行うのもフィッターの仕事の一つですね。
−−これまでに佐藤さんがフィッティングを行なってきたなかで、印象的な事例はありますか?
サドル高が約10cmも高くなった人がいました。普段はミリ単位で調整するものですので、とても極端な事例ですが、今後もこういった例が増えてくるかもしれません。近年は完成車を通販で買えるメーカーも増え、販路として浸透してきてもいます。その際、フレームサイズ選びの参考にするのがメーカーホームページ上に載っている「あなたの身長は◯cmですので、サイズは◯cmです」のような表記だと思います。しかし、腕が長い人もいれば、関節の可動域だって人それぞれ。サイズチャートに当てはまらない例もあります。合わないサイズのフレームに乗り続けていたら体の不調が出てもおかしくはないですね。本当は最初に購入する自転車のフレームサイズを選ぶところからお手伝いしたいのですが、なかなか難しいと思いますので、フレームサイズのセカンドオピニオンもサービスとして始めました。身長や手足の長さなどの寸法と、フレームサイズのジオメトリー(スタックとリーチ)を照らし合わせてフレームサイズをアドバイスするものです。ステム長やサドル高の調整にも限界はありますので、大本となるフレームサイズを決める際は、様式美よりも機能美にこだわって決めていただければと思います。長すぎるステムや著しい前乗りのサドル位置は、バイクの運動性能を損いますし安全性からみても不安です。
−−最後に、佐藤さんがフィッティングを実施する上で大切にしていることはどんなことでしょうか?
メソッドに則ったプロセスで、コミュニケーションを大切にし、体の変化に合わせたフィッティングを行うことです。私は身体評価に基づき、受け手の感覚を言語化するオペレーターに徹します。それをバイクに反映するだけです。そうすることがライダーを理想のポジションへ導く近道だと考えています。
フィッティングと聞くと特別感があり、ハードルが高く感じてしまう方も多いと思います。手持ちの工具でDIY的に弄れてしまいますし、それ自体も趣味として認知されているからです。一方で、ポジションが合わないまま乗り続けていると、怪我や故障から趣味としても楽しめなくなる可能性もあります。私としては上級者だけでなく、むしろツーリングやポタリングを楽しむ人たちに積極的に受けていただきたいと思います。
「パワーアップを目指したい」、「レースで活躍したい」という方はパワートレーニングを行っていくと思いますが、フィッティングと複合的に実施することで相乗効果を発揮できると思います。車もエンジンだけパワーアップしても、シャシーのバランスが崩れていたら速く走れませんよね。よく乗る方であれば年1回、人間ドックのようなかたちで受けていただければと思います。今後はCAMELEON(カメレオン)パワートレーニングとも共同でサービスを展開していきたいですね。サイジングもフィッティングもコーチングも、ぜひその道のプロを頼ってみて下さい。