「自分が欲しいものを作る」 選手として、メーカーとして製品づくりに打ち込む吉田隼人選手
魅せる走りで結果を出すことがプロ自転車選手の仕事であると同時に、第一線でしか得られない経験を一般のサイクリストへ還元することもまたプロ選手として求められる大きな使命でもあります。一方で、選手の立場からすると、日々の練習とレースをこなすだけでも尋常ではない体力と精神力が必要になるもの。今回は厳しいプロの世界で戦いつつ、「自分の欲しいものを作る」というコンセプトでメーカーを立ち上げた吉田隼人選手(マトリックスパワータグ)に自転車と関わったきっかけや、メーカー立ち上げに至った経緯を聞きました。
吉田選手は平成元年生まれの32歳。祖父と父が競輪選手という“自転車家系”に育ちました。小学1年生から自転車競技を始めたものの、サッカーやバドミントン、水泳などいくつものスポーツを経験したのち、中学2年生から自転車競技1本に絞った活動に専念し始めます。
「小学生の卒業文集でロードレースのプロになると書いていました。いくつものスポーツに携わりましたが、祖父や父がロードのトレーニングを行っている姿を見て純粋にカッコいいなと思ったことがこの競技に絞った理由です」と吉田選手は当時を振り返ります。
奈良県の自転車競技部の名門、榛生昇陽高校に入学した吉田選手はめきめきと頭角を現し、ロード、トラックともに全国大会で数々の優勝を飾ります。ジュニアの日本ナショナルチームとして出場したカナダの国際レース「ツール・ド・ラビティビ」では当時日本初のステージ優勝を獲得。自ずと目指してきたプロへの道が近づきます。
しかし、高校卒業後に吉田選手が選んだ道は鹿屋体育大学への進学でした。当時、“ロードレースでプロを目指すなら、高校を卒業したら欧州に渡ること”が一般的でしたが、吉田選手はあえてセオリーから外れた道を選びました。
吉田選手は「先輩のプロロード選手たちからは随分と呆れられました。しかし、さらにプロ自転車選手としての先輩である祖父や父から『ロードレースは一生分稼げる競技ではない』ということは常に教わっていましたし、競技が危険と隣り合わせであることを理解していました。将来、プロ選手以外の道で生活するためにも、大学で勉強するという選択をしました」と当時の判断に至った経緯を明かしました。
大学生活では勉強と並行して競技に励み、同年代では一つ抜けた成績を出し続けます。そして、卒業後はついにプロとしてのキャリアをスタート。チーム ブリヂストンアンカー、シマノレーシング、マトリックスパワータグを経て、UCIプロコンチネンタルチーム(現UCIプロチーム)のNIPPO・ヴィーニファンティーニへ移籍。数々の国際レースを転戦しました。
多くの国々を巡るうちに、吉田選手は日本国内には無いプロダクトに出逢います。特に目についたのがカフェインを多く含んだサプリメントでした。カフェインは集中力を高める効果があるため、運動前や運動中に好んで服用するアスリートは大勢います。しかし、日本国内ではエナジードリンク系は多く普及しているものの、高濃度かつ少量で“ショット”的に摂取できるものはありませんでした。
「無いなら自分で作ってしまおうと考えました。日本に戻り、輸入しようとも考えましたが、色々とハードルは高かったですね。製造元を選定し、“プロの自分が本当に欲しいもの”を具現化した製品がカフェイン系サプリメントの『ブーストショット』です」
こうして生まれたブーストショットは、同僚のロード選手をはじめ、競輪選手たちにも広がりを見せ人気を博します。「プロが欲しいと思う製品は一般のサイクリストも欲しいはず」。吉田選手の考えは的中し、今では多くのホビーサイクリストも愛用するまでになりました。
また、サプリメントの他に、ケミカル類も同じコンセプトで開発を進めています。サンプル作りはブーストショットを作るより前から始まっていたことも明かしました。
「これまでは供給していただくメーカーが考えたものをただ使うのが普通だと思っていました。しかし、自分や周りの選手が良いと思ったものをカタチにする新しい価値観もあっていいかなとも思います。周りからは『こういう製品を作って欲しい』というプロの現場からのリアルな要望が出てくるようになりました」
「監督からは『選手との両立でしんどくないんか?』と言われますが、ものづくりが趣味みたいな感じなのでストレスはありません。もちろん現役なので、選手活動が第一に考えています。しかし、具現化できるやりがいは確実にありますね。今現在は色んな応援をして下さる会社様からの支援もあり、法人化することができました。そんな中でも商売はあくまで一番最後。自分が納得する欲しいものを作っていたら、それに共感して下さる会社様と会社を作っていた。という感じでしょうか。今後はアミノ酸の錠剤も発表しますし、新型のチェーンオイルは輸出も予定しています。みなさん、ぜひお楽しみに!」と締めくくりました。
アスリートとしてだけでなく、実業家としても活躍している吉田選手。「一生分稼げる競技ではない」と説かれるプロ自転車家系で育ったからこその視点が活きているのかもしれません。レース運びだけでなく、プロの経験や環境から生み出される製品から目が離せません。